29歳
別の病院を紹介されたが
なかなか行く勇気が持てず
飲んだくれ生活を送りながらも
何かシゴトしなくては…と思い
某有名清掃会社のハーティーと言うシゴトをした
私がシゴトへ出掛けようとすると
2歳チョットの辿々しい歩行の息子が追いかけて来て
「ママ、行かないでぇ〜!!
ママ、行かないでぇ〜!!」と泣く
おばぁちゃん(母)が
ナダメてくれてる間にスッと
後ろ髪惹かれながら出掛けてた
コレはかなり切なかった
そんなある日
ある分厚い手紙が届いた
なんだろ???
と封を開けて見ると…
「なんじゃこりゃぁ〜??!!」
ビビったw
何て書いてあったと思いますか???
あまり接触もなかった友人からの
結婚の申し込みだったw
変なの!!
わけがわからず
そのままスルーしてしまったw
その一週間後くらいに
ラブレター(?)くれた本人から連絡が来た
「返事はくれないの?」と
「返事書きます」と返答し
その申し込みを断った
が…
ウチの両親が何故だかカレを気に入っていて
ウチに食事招待をしていた
シゴトが終わり、帰宅した部屋で観た光景は
とても印象的なのだが
息子とそのカレが
楽しそうに餃子を作っている微笑ましいシーンだった
(息子には、やはり父親が必要なのかな…
私ひとりじゃダメなのかな…)
そう感じた私は
カレともっと良く話をしてみようと
電話したり、会ってみたりした
そうしているうちに
とんでもないことが起こってしまった
婚前交渉
やっと復帰できた組織の中では
ソレを「姦淫の罪」と言い
審理委員会にかけられた
カレもその組織の人だったので
同様に委員会にかけられ
即追放(組織内では、ソレを「排斥」と言う)された
私の場合は何故なのか考慮中と言われ
結果待ちだった
多分だが
姦淫後
入籍手続きをとったので
カレとは夫婦となっていた
そのため姦淫を犯し続けているというワケでもなくなり
考慮されたのかもしれない
(まぁ、カレの場合はまったく考慮の余地無しだったのは謎)
だが結局排斥となり
排斥者はその信者たちとの交流は一切できないシステムで
道で会っても挨拶すら許されなかった
十代の頃も排斥の経験をしてたので
また同じコトが始まるのか…と嘆いた
そしてカレと息子と3人の新居を設け
ソコで7年間過ごすことになるのだが
その当時の内容は思い出すのもオゾマシイ…
地獄のはじまりはじまり〜www
MANA
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