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2008年10月

29歳

別の病院を紹介されたが
なかなか行く勇気が持てず
飲んだくれ生活を送りながらも
何かシゴトしなくては…と思い
某有名清掃会社のハーティーと言うシゴトをした

私がシゴトへ出掛けようとすると
2歳チョットの辿々しい歩行の息子が追いかけて来て
「ママ、行かないでぇ〜!!
 ママ、行かないでぇ〜!!」と泣く
おばぁちゃん(母)が
ナダメてくれてる間にスッと
後ろ髪惹かれながら出掛けてた
コレはかなり切なかった

そんなある日
ある分厚い手紙が届いた
なんだろ???
と封を開けて見ると…
「なんじゃこりゃぁ〜??!!」
ビビったw
何て書いてあったと思いますか???

あまり接触もなかった友人からの
結婚の申し込みだったw

変なの!!

わけがわからず
そのままスルーしてしまったw

その一週間後くらいに
ラブレター(?)くれた本人から連絡が来た

「返事はくれないの?」と

「返事書きます」と返答し
その申し込みを断った
が…
ウチの両親が何故だかカレを気に入っていて
ウチに食事招待をしていた

シゴトが終わり、帰宅した部屋で観た光景は
とても印象的なのだが
息子とそのカレが
楽しそうに餃子を作っている微笑ましいシーンだった

(息子には、やはり父親が必要なのかな…
 私ひとりじゃダメなのかな…)
そう感じた私は
カレともっと良く話をしてみようと
電話したり、会ってみたりした

そうしているうちに
とんでもないことが起こってしまった

婚前交渉

やっと復帰できた組織の中では
ソレを「姦淫の罪」と言い
審理委員会にかけられた

カレもその組織の人だったので
同様に委員会にかけられ
即追放(組織内では、ソレを「排斥」と言う)された
私の場合は何故なのか考慮中と言われ
結果待ちだった

多分だが
姦淫後
入籍手続きをとったので
カレとは夫婦となっていた
そのため姦淫を犯し続けているというワケでもなくなり
考慮されたのかもしれない
(まぁ、カレの場合はまったく考慮の余地無しだったのは謎)

だが結局排斥となり
排斥者はその信者たちとの交流は一切できないシステムで
道で会っても挨拶すら許されなかった

十代の頃も排斥の経験をしてたので
また同じコトが始まるのか…と嘆いた

そしてカレと息子と3人の新居を設け
ソコで7年間過ごすことになるのだが
その当時の内容は思い出すのもオゾマシイ…

地獄のはじまりはじまり〜www

MANA

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28歳

酒の飲み方がおかしい
普通じゃないと
友人が心配し
一緒に病院へ行こうとのこと

その翌朝友人達のクルマに乗せられ
病院へ向かった

ソコでまず診断されたのは
「アダルトチルドレン」だった

先生が私の顔を見るなり
一冊の資料を手渡した

「まず、コレを読んでください」

言われるまま読んだ

「な…なんだ?コレは???
 私のコトが書いてあるじゃない!!!」

びっくりした

アダチルは
大きく分けると2種類あり
ACOAとACOD

私は後者だと理解した

そう
「機能不全家族」

また幼児期の
理不尽な虐待からによるもの

ただ、私の病状はアル依存がヒドク
連れて来てもらった病院では
専門分野が違っているらしく
別の病院を数ヶ月後紹介された

MANA

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27歳 part4

息子の授乳は混合だった
(母乳とミルク)
だか私は家族との問題で
(特に母親)
またアルコールを飲み始めるようになった

アルコールの含まれた母乳を
息子に飲ませるわけにはいかなく
ごめんね…
ごめんね…
と泣きながら張ってくるお乳を絞り出した

子供に母乳を与える時の幸福感は
経験者しかわからないだろう
スゴクシアワセだった

でも、アルコールのせいで
私は自らそのシアワセを失わせた

苦しかった
虚しかった
哀しかった

その負の感情から
アルコールの量は増すばかり
そのうち母親の役目を奪う母に
息子をまかせっきりになり
また浴びる様に酒を飲むようになっていった

どうせ私なんて…

そんな投げやりな気持ちがまた復活

どうしようもない
愚かな酒飲みになってしまった

MANA

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27歳 part3

「決別」〜第一回目〜

息子の誕生後
息子の父親にあたる例のカレと
やっと別れられる日が来た

ジブンのチカラだけでは
どうにもならないことがある

悪魔は人間より
遥かに強いエネルギーをもっている
霊だから…
霊のチカラには対する霊のチカラが必要

神に寄り頼み
悪魔との決別をすることができた

神様ありがとう
私を救いの道へと導いてくださった

以前の私の過ちを許して下さった

息子誕生して数ヶ月後
神との和解をし
平和と安全のもとで
日々を過ごせるようになった

が…
そう簡単には悪魔は離れてくれなかった
この後もっとすごいチカラで
私を攻めて来た

これから記述することは
是非呼んでいただきたい人々がいる

それは
「アルコール依存症」

とんでもないことが
この後も巻き起こった

MANA

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27歳 part2

そんな中
まだカレとの交際は続いていて
組織の長たちに相談している頃
妹の状況は悪かった
(ジブンのコトではないので割愛するが…)

カレとの件
妹の件
で悩んでいた

そして夏
妹の行動が目にあまり
夕食も喉を通らず
ふて寝してた晩のことだった

パンッ!! と大きな音がしたと思った瞬間
水が溢れ出した
そう
破水だ

親がすぐに産院へ連絡し
クルマで産院へ向かった

初産だから
そんなに早く産まれないと先生は言ったが
どうもおかしい
陣痛が定期的におそってくる
何度もナースコールを押し
先生を呼び出した

「そんなはずはないだろうが…」
と首をかしげながら
先生は診察室へ私を呼んだ

「んん? コレは産まれるかもしれない
 しばらくココで様子をみよう」

その数時間後
息子が誕生した

「おんぎゃ〜 おんぎゃ〜」

元気の良い泣き声
涙だった

神様ありがとう
私にこんなキレイな子供を産ませてくださった…
ありがとう
ありがとう

しかしその瞬間
私は過呼吸と失神で倒れた

しばらく分娩台の上で寝かされた

遠くの部屋から私を呼ぶかの様に
泣き続ける息子の声

早く行かなきゃ
早く行かなきゃ

想いははやるがカラダが言うこときかない

すきっぱらで出産したのも良く無かったのだろう
先生に何か口に入れる物をお願いし
ビスコと牛乳を持って来てもらった

ゆっくりと食べ
チューチューと牛乳を飲み
もうしばらくしてから

行くゾ!!

ありったけのチカラを振り絞って
泣いてる息子の所へ向かった

なんてキレイなの…
なにもかもが小さくて
それなのに元気で…
生きてる……

頭の中で行進曲が流れたw

神様ほんとうにありがとう
私はこのコを守ります

このコの名前は既に決めていた
意味は「神の助け」

今現在もソレを痛感することがよくある

ホントにありがとう

MANA

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27歳 part1

産まれて来る子供を
守り続けるためには
ジブンひとりのチカラだけでは
不安だった

子供の頃から信じていた神に祈った

「私は追放されていますが
 このコを守りたい 
 どうか私にチカラを与えてください
 そしてこのコの母親として
 全身全霊で貴方に仕えられますように」

そして聖書を開いた

乾いたスポンジに水が吸収するように
スゴイ勢いでみ言葉が入って来た

スゴイ!! スゴイ!! スゴイ!!
聖書にはこんなことが書いてあったの???

赤ん坊の頃から学ばされていた
聖書
ココには人間を創った創造者である神の
人間の生き方マニュアルが書いてあった

こんなことに気付くのに
何年かかってしまったのか…

でも過去はどうでもいい
これから自己革命を起こそう!!

そして
組織への復帰のために
全力を尽くし始めた

MANA

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26歳 part3

カレからケータイを持たされていたから
MANAどこへ行った攻撃をされた

新居先を教えたく無かったので
ある場所を指定し
ソコで会うことにした

また昼間っから酒…
付き合わされ
ホテルへ行き
またSEX

こんなこと
いつまで続くのだろう…

お腹がどんどん目立ち始め
カレに言った
「MANA産むから」
カレは私と産まれて来る子供のマンションを借りると言った

断ったw

もうカレとは終わりにしたい

MANA

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26歳 part2

引っ越し先は
新築マンションだったから
以前より広いし、キレイだし…
母や妹なんて
ニコニコw
ゴキゲンだったw

父は一生懸命だったかなぁ〜

当の本人、私?
私は…

この土地で
心機一転
がんばるぞ!!
と意欲的だった

お世話になった友人たちを
新居へ招待し
友人たちも
一安心の様子だった

一人暮らしをしていたあの頃…
私はボロボロだった
皆に言われてたのは
「MANAは話し好きだし
 ヒトリでいちゃダメダヨ
 実家へ帰りなぁ〜」
だったから…
一人暮らしは良く無かったのだろう
でも
家には居たく無かった
家には問題があったから…
居場所がなかったから…

だから家族が団結して
新居でまた一緒に生活することは
後々地獄を見ることとなるのだった

MANA

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26歳 part1

待ってました!!
…とばかりに
中絶一週間後
カレとの毎日のようなSEXが
また始まった

毎日フタリで
飲んだくれて
メチャクチャな行動だった

もうビョウキ…
あの頃のフタリは
どう考えてもおかしい

なんだったんだろ

そしてまた妊娠w

3度目の正直?www

カレは前回同様即中絶との回答だった

話し合った

じっくり話し合った

でもカレは認めてくれず…
銀行から金をおろし
私に10万をポンッとよこした

「コレで病院行け」(下ろせ)と

私は覚悟を決めた

その10万をそのままジブンの銀行へ入金し
「今回は産みます!!」と
産科医に報告した

カレには内緒で産む事を決意した

この件に関しては
友人や家族とも良く話し合った
結論は皆NOだったが
妹だけは違っていた

「お姉ちゃんがソレだけ悩むってことは
 産みたいってことなんじゃないの?」
のコトバに反応した

そう…
産みたかった
どんな状況であれ
与えられた大切な命
オトナの身勝手な行動で
簡単に下ろすべきではない

両親に
「MANA、産みます」
と固い決意表明をすると
反対していたのがウソのように
行動を開始した

この土地にいるのは
産まれて来るコのためにも
状況、環境が良く無いとのことで
引っ越すことにした

この行動力の素早さには圧巻するものがあった

家族が一致団結して行動したのは
初めてw
スゴイ勢いで新居先を探しまわり
お世話になった今でも繋がっている友人達に
状況を説明し
引っ越しが決まった

皆とても協力的だった

感謝しています……(涙)

MANA

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25歳 part3

カレは毎日のようにウチへ来て
昼間っから酒のんでた

私の一言で
悩んでいた独立(会社設立)を決意し
始動した

部下たちにケータイで指示だけし
ジブンは私と酒とSEX

そして数ヶ月後またまた妊娠orz

まいった

中絶はもうヤダ

ギリギリまで粘ったが
カレに病院へ連れてかれ
手術

麻酔がキレ
目が醒めた瞬間
うわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
大泣きした

暫く手術台の上で泣きじゃくっていた

泣き疲れて大人しくなった頃
看護婦さんが来て
「大丈夫ですか? お部屋を移動しましょう」
安静室へ連れてかれ
寝た
「何か飲み物を持って来ますが
 何が飲みたいですか?」
と看護婦
飲み物を頼んで
チューチュー吸ってた

落ち着いた頃
帰宅してよいと指示され
錯乱状態で
またカレが待ってる部屋へ帰った

もうこんなのはイヤ

もうこんなのはイヤ

イヤイヤイヤ

また求めて来たカレに
一週間はSEXするなと医者に指示されたことを伝え
やめてもらった

ヒトリになりたい

もうココに居ないで

帰って

帰って

でもカレは帰らなかった

酒のんで
外でも私を連れ回して飲んで

私も何かを忘れるかのように
飲んで…
飲んで…
飲んで…

飲みまくりの日々が続いた

もう死にたい

子供時代から
自殺願望が強かった私は
自殺を考え始めてた

ソレを聞きつけた幼馴染みが
慌てて私に会いに来た
私を見た瞬間に言った一言
今でも忘れない

「MANA!!どうしたの?
 骨と皮じゃん!!!」

海鮮類がスキな私のために
海鮮丼を買って来てくれていたが
食欲ゼロ
何も入らない
酒しか入らない

ごめんね…と
冷蔵庫にしまったまま
酒を飲み続けてた

幼馴染みは心配して
そのままウチへ泊まり
そのカレに会わせて欲しいと言い
カレを呼んだ
3人で酒盛りし
フタリともウチへ泊まり
彼女は翌朝出勤した

ごめんね…

ごめんね…

ごめんね…

そしてカレはいつものように
ウチで飲み
昼間っから開いている居酒屋へ
私を連れて行き
フタリで飲みまくったorz

MANA

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25歳 part2

別れ話で揉めてる最中に
私は妊娠してしまった…

カレの答えは
即NO!!
言われるがまま
中絶した

その病院の夕暮れの帰り道
虚しさが込み上げて来た

ただただ
呆然と
あてもなく彷徨うかのように
家路に着いた

部屋でカレは待っていた
私のココロの傷も考えもせず
またSEX

こんな時に
どうして???

哀しくなった
苦しくなった

この時
カレには愛が無いことを悟った

MANA

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25歳 part1

私の両親に挨拶をしたいとの
カレの要望で
会わせた

「MANAさんと結婚させてください」

私と一回り程年上のカレ
広告代理店の部長
(後に独立し、ジブンの会社を立ち上げた)

ファザコン系の私にとって
カレは父親的存在だった

両親は不思議そうな…というより
怪訝な感じだったが
了解してくれ
結婚前提の付き合いとなった
が…
カレの行動パターンがおかしいと気付き
(必ず土日出掛ける)
毎週末何をしているのかと問い訪ねた
すると
実は妻子持ちだと

なんだそりゃ???

即交際を断った

私が一番キライな
「不倫」ってヤツじゃん!!
家で待ってる奥さんと子供はどうなるの???

最低ーーー!!

騙されてた私もバカだw
何故最初から気付かなかったのかw
両親のあの時の怪訝な様子は
このことだったのか?

私はバカだバカだバカだorz

でもカレはなかなか離れてくれない
終いには泣き落としw

最悪orz

カレの言い分はこうだった
「MANAと付き合う前から
 離婚は決まっていて
 MANAとは関係のないことだ
 そろそろ別れるから
 待っていてくれ」

また信じちゃったよ……

待っちまったw

この後事件が起こった

MANA

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24歳

私はただ
酒が飲みたかっただけ…
ただ酒飲みながら
収入まで入るとゆ〜
ジブンにとっては都合の良い話で
ホステス始めただけ

ホステスとして
マジで働いてるヒトたちに
申し訳なかった(泣)

でもママが辞めさせてくれず…

以前派遣会社に登録していたのを思い出し
また某大手企業のシゴトを紹介してもらい
昼間はソコで働き
夜は結局ホステスを続けていた
(ママには色々お世話になっていたので
 断りきれなかった)

そんなある日
新顔のお客が固定客として
またついたw
その客は毎日顔を出し
色々話を聞いていると
バツイチで
男一人の生活は大変だと良く言っていた
そのうち私と結婚しようと言い出した

ホステスも辞めて欲しいと言われ
何とかママを説得し
お水の世界から足を洗った
そしてカレと半同棲の生活が始まった

MANA

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23歳

このまま水商売を続けて行くのは
様々な面で良く無いのを感じ
転職を考え始め
パソコン教室に通い始めた
そして資格合格後
天職に就いた

せっかく習ったパソとは
まったく関係のないシゴトw

特別養護老人ホーム

シゴトとは
こういうものだ☆
と思った

楽しくシゴトを続けていたが
私が居ないとダメだと
ナイトラウンジ(水商売)のママから
ヘルプを頼まれ
昼は老人ホーム
夜はホステスと
掛け持ちでシゴトをしていた

また
老人ホームで彼氏が出来てしまい
社内恋愛禁止されていたので
良い関係を続くコトもできず
結局別れる事となり
居ずらくなり
たった1年で退職w


結局またホステス業のみの生活……

なんなんだろ…ねw

MANA

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22歳 part2

ママはオカマちゃんだから
ココロは女でも
行動は男

スゴクシゴトしやすい♪

相談にも良く乗ってくれたし
お笑い系だけじゃなく
話の解る人だった

この人とだったら大丈夫
という安心感の中で
おシゴトさせてもらった

だが
数ヶ月後
酒が切れた状態で店に出ると
グラス持つ手がプルプルと震えるようになった

ヤバッ!!
このプルプル止める方法は
酒飲みまくるしか無いと思い
客が入ると
煽るようにスゴイピッチで
一気飲み続けて
震えを止めた

後からわかったことだが
あのプルプルは離脱症状だった
コレはその後
もっとヒドイものとなっていった
(その件に関してはその頃の話の時に記述する)

そして
飲み方もおかしくなっていた
ブラックアウトして
飲み始めて中間から飲み終わるまでの
記憶がまったくなくなり
誰と飲み
誰と何を話していたのか
思い出せなくなった

客と話を合わせられなくなった
憶えてないから……
コレは最悪だった

MANA

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22歳 part1

雑貨屋のシゴトでは
事務系
お留守番係で
電話での発注、受注をしていた

営業が夕方帰って来ると
よく飲みに連れてかれたw

近所の友人経営してる居酒屋で飲んでいたら
オモシロい店があるから
この後行こうと誘われ
タクで湯島へ移動した

店内はカウンター席と
五卓程しかない小さなナイトラウンジだった

ソコのママは「オカマちゃん」だったw

マジ受けたwww

ソッチ系の人と会うのは初の経験で
メッチャ楽しかった

彼女?彼?と話してると
笑い転げてばかりwww

楽しい♪
ココで働きたい☆

そのままをママに話すと
ヒトツ返事で
「いいわよぉ〜、明日から来なさい」

雑貨屋のシゴト辞めて
即働くこととなったw
ってか…
後先や会社のコトすら考えない
単純ななりゆき……
私はホントおバカw

私にとっては
ただ酒飲めるw
歌い放題w
会話は楽しいw
金は入るw

こんな美味しい話はない
メリットばかりじゃん!!
な〜んて感じで
安易に決めてしまった

ところが
ココでの経験が
アル依存の発端となった

MANA

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21歳 part2

キャバ嬢として生活するコトに
不満があったので
(ライバル心満々のコや
 姉さんたちの視線が一番苦手だった)
サッサと辞めて
雑貨の卸業者の事務員のシゴトに切り替えた

また
同居中のコにも
かな〜り問題多く
精神的にまいってしまい
悪いケド
置き手紙して引っ越した

彼女については
彼女のプライバシーもあるので
詳細は記さないが
私の友人たちからのアドバイスもあり
一緒にいるべきではない…
とのことだった
かなりヤバイコだったw
(色んな意味で)

この頃に付き合ってた彼氏とも
彼女が原因で
多くのトラブルがあった

そう…
彼女は彼女の友人たちからも聞かされていたが
かなりのトラブルメーカーだった

たった数ヶ月の付き合いだったが
何十年分もの負担をかけられた気分www

ま 終わった話だから
もうどうでもいいけどねぇ〜w

でも…
何だか…
今でも心配

どうしてるかな
ダイジョブかな

こういう私は
かなりのお人好しバカと良く言われるw

MANA

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21歳 part1

ネズミコウの時に知り合った女の子が
家出したいと言っていたので
放っておけなくなり
一緒にマンション借りて
暮らすコトとなった

彼女とシゴト探しも始めたが
水商売がやりたいとのコトで
(お金を手っ取り早く稼ぎたいのだとか…)
キャバクラで働くコトとなった

私は気が乗らなかった
だがその時はそうするしかないと思い
一緒に着いて行った

生バンド演奏の舞台と
大きなダンスフロアーのある店だった

ソコで毎日酒を飲み
お客様の接待をし
運動音痴の私に
ダンスを教えると誘われ
バカみたいにクルクルと踊ってたのを思い出すw

ソコはかなり大きな店だったので
ポケベルを持たされ
指名客が来ると
ピピピピピピピピと
四六時中ウルサく鳴っていた
でもソレは私だけだったようで
他のコたちは客待ちで
ボーっと待機していたのだとか…

何故だかわからないが
私はいつの間にか
その店のNO.1になっていた

コノ世界のコトも
まったくワケワカランチンの度素人なのに…(謎)

この頃から
アルコール浸りの生活が始まった

MANA

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